「なりたい自分になる」「願えば叶う」・・
今、流行のイメージトレーニング。
これはもちろんダンスにおいても有効だ。
ポイントは、2つ。
1つはより“具体的にイメージすること”。
もう1つは「~になりたい」ではなく、
もう“すでになっていると思い込む”=「成りきる」までイメージすること。
「これ、かなりの威力!」といわれるがちょっと難しい。
世界チャンピオンの踊りを見て、「あんな風に踊りたいわ」のままではダメ。
いつもそう言ったり思ったりしていると、「あんな風に踊りたいわ」がそのまま現実化。
つまり「うらやましいなぁ…」と指をくわえて見ている側の現実を引き寄せてきて、
かえっていつまでたっても「あんな風には踊れない」というのだ。
「成りきる」ということは、
「あそこで踊っているのはドニーバーンズではなく、このオレだ!」
(チョット古い?)
ということ。
そうやって脳ミソの中に既成事実を作り出したら、
やがて本当にドニーのような踊りができるっていう仕掛けなのだ。
そんな、アホな。ウソやろー!?
ウソではないが、成功者がめったにいないのは、
本当にはまだ成っていないのに、
「どうやって『もうすでに成っている』なんて思い込むことがデキるねん!」
というアタ-リ前の気持ちが邪魔をするから。
「イヤァー、ドニーがオレだなんてそんな、おこがましい・・・」
などと、イメトレへの理解不足と謙虚を混同したまま、引っ込んでしまうのも問題だ。
で、ヨシっ!やるぞ!と頑張って試みた人でも、簡単にはうまくいかない。
それはたぶん、
「そんなんで本当に現実化するの?」という猜疑心がヒョコヒョコ顔を出してくるから。
また、今の自分の現実ってものとの距離感をどうしても埋めることができず、
「無理だろう、いくらなんだって」という、あきらめの心もなかなか外せない。
丸ごと、赤子のように純粋に信じ込み、無心に無邪気にそして真剣に、
徹底して成りきらないと成功しない・・・だから難しい。
「そんなん、アタマおかしい人しかでけへんやろ」
一歩間違えば、空想癖・妄想癖で終わっちゃうヤヤ強引なイメトレを、
そうとは知らずに“地”でやってのけていたのがどうもその頃の私だったようだ。
おそらく恋愛ドラマへの強い憧れが原動力だったんだなぁ…。
同期の部員の中から相手役候補を、何とはなしに“物色していた”のも確か。
選ぶ条件としては、
まず何はともあれ“ダンスが上手なこと”もしくは才能があり、
すぐにでも開花しそうな“雰囲気を持っている人”。
そうでなきゃ「あなたと組むために、がんばる!!」と互いに燃え、
トップダンサーになり晴れてカップルに・・・
のシュチュエーションが最初から無理っぽい。
で、次の条件は、顔? いえいえ“身長”。
ことダンスのお相手選びにおいては、顔より身長が重要視されるのだ。
少しでも“カップルバランス”を良くするためには、高過ぎず、低過ぎず。
女性の身長+11センチぐらいが良いって聞いたんで、
私には175~178センチ辺りの人がベストかな。
まぁ、顔は良いに越したことないし、
“性格は優しく”て、それから“覚えの良い賢い人”・・。
だいたいのイメージは整った。
でも、ちょっと待って、
「もし私が好きになっても、向こうが果たして好きになってくれるかどうか…」
ってフツーは思うわよね。
ところがドッコイそんな心配、全くもって浮かんでも来なかったのが、当時の私。
今思えばちょっと不思議なくらい、アタマから完全に抜け落ちていたのだ。
「私を嫌うワケないじゃない!好きになって当然」
とタカをくくっていたわけでもない。
もう完全に恋愛ドラマにハマってしまってたってワケなのだ。
ヒロインはワタシ・・・が大前提。
だから後は、相手役が決まり次第いつでもクランクインOKって状態だったのだ。
さらにスゴイとこは、
「でも、もし私がダンス、上手にならなかったらどうするの?」
なんて心配も全くなかったってこと。
高校の体育のダンス授業では「コラッ!そこの女子!!」
と先生を常にキレさせていた、ドンクサ系。
努力でカバーしてゆくには、「才能ナサ過ぎでは?」と、
フツーは怖気づくだろうに、
~苦しくたってぇ、悲しくたってぇ、フロアーの中では平気なの♪~
最初からハッピーより、汗と涙で立ち上がって行くストーリー展開のほうがイイ!
などと、とんでもなくポジティブマインド。
恋愛+スポ根ドラマのシュチュエーションをマジに構築してたんだから。
この思い込み+成りきりは、ダテじゃない!!
準備万端、ここまでくりゃあ、後は現実が勝手に動いてくれる。
・・・果たして、お・り・ま・し・た!この男に、間違いない。
続く 第7話へ
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コメント
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こんにちは、初めまして。
ユニークなプロダンサーのブログ、
楽しく拝見しています。
イメージトレーニング、脳に信じ込ませる、
その通り自分もチャレンジしてるけど、
難しい。それを実現されてるのはスゴイ。
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こんにちわ。
応援ありがとうございます。
ダンスには色々学びがあって
本当に楽しいですね。
ともにダンスを愛する者同士
がんばりましょうね。
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初めて書き込みさせて戴きます。
いきなりでスミマセン。
ダンス超ど素人からの質問なんですが、
不適切&失礼な表現も有ろうかとは思いますが、そこは、ご勘弁を…。
社交ダンスってものが全く理解出来ていない僕
でしたが、1/25付けの記事を読んで、
「ああ、成る程!納得!」と膝を打ちました。
「男女の最高の仲睦まじき行為」……
…成る程…。
一人で踊る行為(R&Rのコンサート会場で
両手両足を振り回している兄ちゃん達や、
頭で逆立ちしながらクルクル回ってる人達)に
対しては、「楽しそうだな…。良いストレス
解消法だな…。」と、理解していたのですが、
男女二人で踊る社交ダンスには、
イマイチ納得出来ない部分があったのです。
それは、おそらく僕自身が、社交ダンスの
何であるかを、テレビ等でチラッと上辺だけ
見ていたから、社交ダンスの神髄~男女の最高の仲睦まじき行為~を、正確に感じ取れていなかったせいなんでしょう。
しかし、それにしても…、近年、これだけ世間で話題に上り、映画やテレビのバラエティ番組等にも取り上げられてる社交ダンスが、
なぜ、もっと真理の部分を伝えられないか?
「お前が鈍感だからじゃい」と言われれば
それまでですが、僕はどうも、社交ダンスを
踊っているキャラが、皆、同じに見えて仕方が
ないのです。『どのカラクリ人形が、一番優れた動きをしているか–を競おう大会』ぐらいに
見ていました。学校教育で無理矢理聴かされた
クラシック音楽と同列に考えていました。
理論に沿って音符を並べて行くだけの音楽教師にしか出会った事がなかったんですから、
そりゃ、そんなもんです。
社交ダンス界は、ジュンコ先生のパワーで、
変わって行けば(ど素人にも理解し易い…
という方向で)良いですね。
……で、前置きが長くなりましたが、
ここからが質問です。
社交ダンスを、<男女の最高の仲睦まじき行為>と捉えた僕。
では、僕は、嫁以外とは踊ってはいけないのではないでしょうか?
いえ、それで十分なんですが、言い換えれば、
他の女性とは踊りたくない。
ならば、『社交』という言葉は意味を成さなくなってしまいます。
それでも長い歴史を成立させている『社交ダンス』・・・。と、いう事は、それ以外の解釈も
あるのではないか?
そこで、社交ダンスについて、僕なりに無い知恵を絞って考えてみました。
社交ダンスは、<心から愛し合う男女の仲睦まじき行為としての顔と、軽い会釈や抱擁程度のモノ…人間関係の潤滑剤としての顔>を持つ。
要するに、人間に与えられた、最高の遊びなんだから、踊れる方が、より幸せになれるよ—-と
いう解釈で良いのでしょうか?
ジュンコ先生は、どう思って<最高に愛する人
以外の人>と踊っていますか?
スミマセン、いきなりの長文で申し訳ないです。何事も、頭で理解出来てからでないと動き出せない性質なもので…。
ジュンコ先生の、経歴に似合わないフランクな
内容に、思わず興味を引かれてしまいました。
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こんにちわ。
ブログに登場していただきたいくらいの楽しいお話ですわ!!
さて、ご質問に対してのお答えですが、
「どうやって最高に愛する人以外の人と踊っていますか?」ですよね。
「からくり人形だと思って踊っています」
失礼しました。とっても斬新なワードでしたので。
では、本気で。
「すべての人の普遍的な部分と踊っています。具体的には、筋肉・骨・心臓の鼓動・・」重力軸に沿ってまっすぐつながっている人の、それらの声は聴き取りやすく、発するものにも一貫性があります。重力軸に沿ってではなく、力んでがんばって立っている人のそれらは、バラバラであったりします。
色々な方と踊らせていただきながら、いつもこう感じています。「本当に、みんな一緒で、みんな違うのね」
これこそが、人類愛につながる真理? 社交ダンスのプロとしてこれからももっとも学んでいきたい分野です。
これからも、楽しいコメント、期待しています。ありがとうございました。
(ソレを心待ちにされるファンもできるのでは?)
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不躾な質問に、真摯にお答え戴き、有り難うございました。
『全ての人の普遍的な部分』と踊る…。
プロ中のプロのご意見だと感服しました。
つい、面倒だから、マニュアルだけ通り
一遍に押し付けといて、「はい、今日は
ここまで。」と宣う’先生‘が多い中で、
非常に新鮮なお答えでした。
僕は、絵を描くのを生業としていますが、時折、『子供』から「いい絵って、どんな絵?」みたいなど真ん中の豪速球な質問をされる事があります。
これから、そう答えます。
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褒めていただいて恐縮ですわ。恐れ入ります。
ただ、子供から
「先生はどう思って最高に愛する人以外の人と踊っていますか?」
と、聞かれたら、
「先生はね、その人のことを“透明人間”だって思って踊るようにしているのよ」
と答え、
「エーッ」というリアクションを期待する・・・と言うのもアリですね。
大人向けの答えに解釈すると
「誰と踊るときも実は“自分”と踊っているんです。具体的には、自分の身体の中の動き・呼吸・筋肉バランスの崩れ・・。そんなものを感じ続けながら踊っています。組んだ相手に左右されずに、心地良く連動して正しく動けるようになれば、自分が上手になってきた証拠だと思っています」
言い換えれば、これは最高の“自己愛”かもしれません。先日の分とつないだら、「最高の自己愛こそが最高の人類愛」!? いかがでしょうか?